2012年01月02日
FELIZ 2012!!! あけましておめでとうございます!
今年の年越しはバタバタしているうちにさらっと明けてしまったような感じでした。
本当はプライアで過ごす予定が、連日の雨、、に加え、夫が「歯がいたい」という訳の分からない訴えのもと、実家にとんぼ返り。
年末年始は夫の実家でビールを飲みまくって肉を食いまくっておりました。
それにしても、
クリスマス、年越しは、日を明けてから食事(午前0時にやっと食事開始)っていう夫の実家のルールは私には拷問だった。。
ほぼ食事の準備はできているのに0時まで待とうという。。

それよか、
最近夫に御年10ヶ月という妹ができまして、今夫の実家はすべてが赤ちゃん中心。家の雰囲気はがらりと変わり、みんな総出で赤ちゃん言葉で話しかけるのがちょっと面白かったりして、、。
赤ちゃんって平和を呼ぶねぇ。人ってみんなこうしてただいるだけで愛されてきたんだろうなぁ、なんて、思ったり。。
そんなでバタバタと過ごし、今年はしんみりと一年を振り返ったり、来年のことを考える間もなく年が明けちゃった。
2011年の大きな出来事はなんといっても、ビキニ屋さんで修業をはじめたこと、と、結婚したことに集約されるかな。
ここ数年、
振り返れば毎年いろんなことに挑戦してやりたいことをやりまくって、随分贅沢な独身時代を謳歌したなと思う。
今こうして結婚して、大好きだった国で市民権を獲得しつつあるこの状況がとても不思議な感じ。
いつものごとく以前の目標のふり返りと今年の目標を思い浮かべていて、
ふと、なんだか今までの感じと違う感覚の自分になっていることに気付きました。
結婚したからか環境と状況が変わったからかどうなのかは分からないけれど、
何か今までのやり方をリセットする必要な感じがしています。
自分はどんな状況のどんな時でもいつだって自分の好きなことをできると信じているけれど、
自分一人でなんでも自由に決められてなんでもできた独身時代の感覚とは今別の感覚があります。
この感覚は一体なんなんだろう。
次のステップが来てるんだろな。。
成長だ成長!
今の自分の感じていることに敏感になりながら、これからの私の本当に望んでること、生き方を探ってみようと思います。
そういう意味じゃ2012年もなんだか面白い年になりそうな。
リセットして、真っ白い紙に戻して、これからなんでも好きな絵を描けるような、そんな感じ。
2012年もよろしくおねがいします!!
2011年11月07日
ブラジル人との結婚の手続き@日本
学生ビザの手続きひとつを思い出してみても、ブラジルで「手続き」って何かと面倒。
時間はかかるし、情報が確かかどうかも常に怪しく、お金もかかる。
結婚の手続きに関しては、まず必要書類を用意して、結婚する日の予約が必要。
(サンパウロの場合は1〜2ヶ月待ちのとのことだった。)
私の日本の書類を用意し、公証翻訳人にポルトガル語翻訳をお願いし、予約した日に証人2人を連れてそこで小さい結婚式のようなものを挙げ、手続き完了となる。
予約登録料に1万円ほど。さらに翻訳料などがかかってくる。。
うえ〜〜〜
しかし日本で結婚するには手続きにお金はかからない。
区役所ごとに必要書類が変わってくるけど、日本はそろえるべき書類が明確だし、書類さえ揃っていれば手続きが受理されるのはほんの2時間程。
日本で結婚できるのは、本籍地か居住地の市役所(区役所)とのことだったので、まず両方の区役所で外国人との結婚に必要な書類を聞いた。
私の場合は、居住地の手続きは何やら夫が用意する書類が多かったけど、本籍地の方が手続きしやすいことが判明。
本籍地は夫の用意すべき必要書類も出生証明書のみで大丈夫だったし、私の戸籍謄本を用意する必要もないので、迷わずこちらに決定。
出生証明書の日本語翻訳が必要だったけど、翻訳人は誰でも良いと言うので友人の助けを借りて私がやった。
他には、
外国人が日本人と結婚する時には婚姻具備証明証(本国で独身であり、日本人と結婚するのに支障はないことを証明する書類)というものが必要らしいのだけど、国によってこの書類を出すシステムがないらしい。ブラジルもそう。なのでこの書類はブラジルでは用意できません、という旨を記した紙をもらい、これにサインして当日婚姻届と一緒に出す。
婚姻届を出す前に、3度程ブラジルから電話で問い合わせて、日本に着いてから2回区役所に行って分からないことを確認したよ。
当日、書類に不備がなければ2時間程で手続きが終わると事前に言われていたけど、実際2時間ちょうどで手続き出来ました。
これで日本で結婚したことになりました。
ちなみに外国人と結婚した場合の戸籍はどうなるかというと、
外国人に戸籍がないので、私が戸籍の筆頭者となり、配偶者に夫の名前が入ります。
姓は夫の姓をカタカナにしたものか、自分の姓を名乗れる。(夫婦別姓が認められている)
私は迷わず自分の名前に。
ここまでにかかったお金は、夫の出生証明書取得にかかった23レアル。
夫が日本に住んでいなくても手続きはできます。
1週間程で新しい戸籍ができた。
日本での手続きが終わったら、その婚姻の受理証明書と、書類の内容書類の写しを区役所で作ってもらい、東京のブラジル領事館へ。
今度は領事館でブラジル側の結婚手続きをする。夫婦2人で行く必要あり。
事前にHPで確認はしていたものの、ここでもやはりあらかじめ前もって一度手続きに何が必要なのかを領事館に聞きに行った。
手続きに必要な書類のリスト、サインが必要な書類一式をもらってきた。
夫と私のパスポートなど身分証明証、私が日本で今まで結婚していないことを宣言する書類、私の戸籍謄本、婚姻の受理証明書と内容の写しなどを一式提出。
登録料に2000円払って、こちらも2時間程で手続き完了。
ここでブラジルの結婚証明証をもらい、ブラジルでも結婚したことになった。
ここでもらった結婚証明証は、ブラジルに戻った時にブラジルで正式な結婚証明証に書き換えてもらう必要がある。
なのでブラジルに来てから公証人役場へこの結婚証明証をもって行って書き換えの手続きをした。
翌日にはブラジルの公式な結婚証明証ができたとの通知が。
さて、結婚証明証ができたら次は私のビザ申請。
これはまだ書類を準備中。またできたら報告します。
手続きについては、
分からなかったことは事前に区役所に何度か電話をして確認した。(それが確実)
日本に着いてからも、婚姻届の書き方を教わりにいくと同時に、直接書類を持って本当にこれでいいのかを確認しに行った。(それが確実)
領事館はメールで何度か問い合わせたけど満足な返信は来ない。(予想はしていたけど)
ここも直接聞きにいったらきちんと教えてくれたので聞きにいって良かった。
しかし、さすがは日本。
手続きに2時間くらいかかります、と言われて本当に2時間で終わるあたり、さすが。ブラジルでは考えられんな

2011年11月07日
日常としてのブラジル?
憧れであり、興味の泉であり、エネルギーの源でもあったブラジルに、
吸い付けられるように過ごしてきたこの数年間の濃・ブラジル生活を経て、
とうとうブラジル人と結婚してしまった訳ですが、
結婚するとなると今度はブラジルが日常になっていくってことですよね。
もしやこれからブラジルのリアルなとこ見てイヤになっちゃったりするのかなぁ?
とも思ってみたりするんですけど、(てか2年前にブラジルに住み始める時にも思ったけど、)
結局住みはじめて2年経った今も、
まだまだ、日々ブラジルで目にするブラジル人の面白可笑しい言動を目の当たりにしては
さすがはブラジル


なんて思ってしまうあたり、
ブラジルはまだまだ私に面白い面を見せつけてくれそうな気がします。
夫とはブラジルに来てからお友達の紹介で出会って、約1年2ヶ月のおつきあいを経て結婚しました。
今回VISAが切れるタイミングで私が帰国するのと同時に、夫が日本に旅行に行くというので、私の親へ挨拶をするだけのつもりでした。
その後結婚に必要な書類を日本で用意し、それを持ってブラジルで結婚、、と考えていましたが、
調べていくうちに、ブラジルで手続きするより日本でした方が早いし安いし簡単だ、と言うことが分かり(当然。)
帰国直前、急遽日本で結婚することに決めました。
気持ちさえ決まってしまえば、手続きなんていつやっても同じなのよね。
ま、気持ちが決まるまではいろいろ考えるところがあるけど。
煩わしさや余計なお金もかからないならそっちのほうがいいしね。
そのお金と労力を他に自分達がしたいことに使えるしね。
というわけで、下調べには時間をかけましたが、
おかげ様で手続きもスムースに結婚することができました〜。
今回の手続きをするにあたり、いろんな方のブログを読ませて頂きました。
それが自分がどの手段でどう手続きを進めていくかを決める時に参考になったので、
次回から私の結婚の手続きについての備忘録でも書こうと思います。
2011年11月06日
ご報告〜
今日は全く私の個人的な日記ですが。。
ブラジルに来て2年が経ちビザも期限を迎えていたので、今週まで1ヶ月とちょっと、日本に帰国していました。
この2年間、時間もお金も思いっきり自分の好きなことに費やしてきて、
やっと最近になって、自分の辿り着きたかったところに辿り着いてきたというか、
自分のしたいことをしたいようにやれている、という手応えを感じられるようになっていました。
好きなものを好きと言う、
したいことをする、
居たい人と一緒に居る、
そういうシンプルなことに素直になることができるようになってきたかな、と思えてきた頃、
気づいたらそんな私を認めて受け入れてくれる人が周りにたくさんいました。
この2年で私がブラジルに来て得たものは、
お金にも時間にも代え難い、私の人生に大きな意味を持つ出会いと経験でありました。
というわけで、突然ですがご報告。
実は先月、こちら(ブラジル)に来てから知り合った人と結婚いたしました。

今回の日本滞在中に、親への挨拶、入籍と結婚の手続き、親族・友人達への紹介を無事に済ませ、
今週ブラジルに戻ってきました。
そう、相手はブラジル人。
新生活は暫くブラジルで。

何度もブラジルには来ているけど、今回のブラジル行きは今までとちょっと違う。
ほんとにブラジル生活がはじまるわ〜。
引き続きビキニ修業も続けつつ、
新しいブラジル生活、実際はあんまり変わらないけど

今後も楽しんでいきます〜。

よろしくどうぞ

2011年08月24日
年代物ビキニ
毎日ビキニに囲まれた生活はそれはそれは刺激的で、
今はひたすらミシン作業を覚えているのですが、
もう、何かに取り付かれたように、きれいに縫えるまで何度も何度も縫ってはほぐし、ほぐしては縫い、
足元に糸くずの山ができ、細かい縫い目を凝視しすぎて目がチカチカしても、
時間を忘れ、もっとやりたい。
職人魂、、というより、むしろほんとに取り付かれてるかもしれんな。
近頃では私のミシンさばきにも徐々に安定感が生まれて参りまして。
きれいに縫えた縫い目を見ると、脳内麻薬が止めどなく出て参ります。アホになりそう

…それはさておき、
実際ビキニの生まれる現場に通うようになって、滅多に見られないビキニのあれこれ等を目撃する機会が増えたのですが、
先日、またすごいものを目撃。
それは、、
私のビキニのお師匠さま、御年74歳、ビキニを作ってこの道40年のモニカが、
ビキニ屋さんを始めた当初に作ったという、
60年代のビキニ!
そんな貴重なものを、、
よく取ってあったな、というか、、
とにかく先日それお店に持ってきて、私に見せてくれたのです。スゴイ!
今でこそ、普通にブラジャーやビキニに使われる「パッド」が生産されて売られているけれど、
当時はパッドもなければLycra(ビキニに使用される布)のようなものもないので、
接着芯のような固めの布を立体裁断、縫製して胸パッドを形成、
生地はコットンを使用!
もうゼロから手作りのビキニ、、
デザインもすごくシンプルで、
縫い目もちょっとぎこちない感じなんだけど、
でもそれがかわいくて!!
今見ても超オシャレ!!

その古くてもう薄汚れててぼろぼろになってしまっている感じさえもいい感じにレトロで。。
写真を載せられないのが非常に残念なのだけれど、、。
60年代というと、このビキニ、私より年上。
その時代、まだブラジルでもビキニは今程メジャーじゃなかったはず。
まだ私の好きなブラジルビキニブランド、BluemanやSalinasやRosaChaも生まれてない。
そんな時代からこんなの作ってきたんだと思うと、感慨深いものがある。。
広告も出さずに、ビキニ一筋40年でやってきたというモニカ。
ブラジルビキニ生活ならぬ、
本物ブラジルビキニ人生をおくってきたんだなぁ、、、。。かっこええ〜〜


今ブラジルは冬だけど、これから夏を迎えるにあたり、お店では徐々に夏向けに新しいビキニを作っていこうとしている時期なのですが、
この夏、このビキニの復刻版を作りたいと思っているとのこと。
コットンのビキニ!
使おうとしているレトロ調の花柄のコットン地を見せてもらった。
ん〜、
すごく楽しみ!!
2011年08月17日
フォルタレーザの旅
ブラジルは広い。
この冬(?)の時期でも、
フォルタレーザでは夜クーラーが必要なくらい、あたたかかったよ。というか暑かったよ。

寒いサンパウロを脱出して、夏を味わってきた〜!

↑冬とはいえ、夏の日差し!
と言う訳で今日はフォルタレーザ写真集〜。

何気にフォルタレーザは2回目だったのですが、前回は年末年始でどこのビーチも芋洗い状態!
だけどさすがに今回はオフシーズンだけあって、とっても人が少なくて静か〜。

↑朝、人ほとんどおらず。気持ちいい〜


↑人はいないけど馬がいた。

↑北東部は魚がウマ過ぎ!Pargo(鯛)のフライを食べまくる。

↑ビーチパークというプールの遊園地?ビーチより混んでるという。ブラジル人、こういうの大好きだな…。

↑結構広い。ほとんどのアトラクションは滑り台。後は流れるプール等。

↑夜はFORRO!! これはBarでもらったフライヤ。
「Solteiro sim sozinho Nunca!」って、、
「独り身だけど、決して一人ではない」=いつも誰かお相手がいる(恋人かどうかに関わらず)っていう、、

ブラジルらしい…

↑ブラジル定番朝ご飯。Pao Francesにチーズとハム。ミルク入りコーヒー。パパイア。

↑こういうお花をこんな日差しの下で見ると、トロピカル!って感じがする!
束の間の夏を満喫し、
飛行機でサンパウロへと戻る。。。
あの澄みきった青空を見慣れた後にこの空を見るとよく分かる、、、
↓

↑サンパウロ上空。。悲
空気が、、、汚

2011年08月01日
血は争えないと思った瞬間
2011年07月21日
ビキニ解体
最低気温5℃(!)を記録し、ストーブなどのない寒い家の中で凍えておりましたが、
先週あたりから打って変わってあったかくなって、
週末はなんと28℃!
思わず海に行ってしまったわ〜。

↑guarujaにて。雲ひとつない晴れ間〜。
ブラジル、もとい、サンパウロの冬は分からないわぁ。
私はといえば、もう平日は毎日せっせとビキニこしらえて楽しい毎日を過ごしております。
もう最近はビンボー暮らしも甚だしいのが一番のお悩みですが、
ビキニづくりに集中している間はそんなことも全て忘れられるので、
やはりビキニはいいなぁ♪なんて思ってみたり

そしてあっという間にビキニ修業開始からもう一月半以上。
随分ミシンにも慣れてきました。
ミシンと言うよりもむしろ、LYCRAに慣れてきたと言った方が正しいかな。。
ちなみにtomara que caiaがきちんと縫えるまでになるにはひと月かかりましたが、
その後に続くビキニはその基本を応用することで済んでしまうことが分かり、今順調に次々と新しいデザインをこなしてきてます。
徐々に、あれがこうこうなってこうなってるからこうなってんのね、
って、頭の中でニューロンが、あっちとこっちがつながって、、
そんな感じで、ビキニ制作のイメージ図が脳内で序々に繋がっていってる手応え。。
結構ね、お店、おもしろいんですよ。
こないだ未だかつて見たことがない超巨大なスンガ(男性用水着)がアトリエに。
その私のお尻が3つ位すっぽり入ってしまいそうなスンガを、お針子さんがふんふんフ〜ン♪と鼻歌まじりにサクサク縫っていましたが、
そうそう、結構大きいサイズの注文が多いのです。
確かにオーダーメードで作るっきゃないよね〜的なサイズ!
でも同じデザインでも色違いを2枚作ってたから、
TPOでちゃんと色を使い分けるってことね?ブラジル人、結構オシャレね??
あとよくある小さい仕事がお客さんがすでに持っているビキニに関するカスタマイズ。
・既存の持ち込みの水着にパッドを取り付けてほしいというもの。
結構ブラジル人でもパッドを入れて欲しい人はいるみたいね。
・持ち込みの水着のサイズのアジャスト。
・持ち込みの水着と全く同じ形の水着を、別の布で作りたいなど。
そういう場合、みんないろんなブランドビキニやノーブランドビキニを持ち込んでくる。
デザインによっては、解体して内部にパッドを取り付けて、、とした方がいいものもある。
そこでおもしろいのが、
有名どころの高級水着の解体 いやん

ブランドのお高いビキニを解体してパッドを入れて同じ色の糸でまた何もなかったかのように同じように閉じていくんですけど、
なかなか見られない内部の構造なんかが見れるのが結構おもしろくて。
ほ〜、ここは2重になってるんだ〜!とか、
見たことない縫製の仕方が分かったり、
ビキニの構成の内容の裏側が見られるという。。
なんか、見てはいけないものを見てしまった的な

…じゃなくて、、勉強になるなぁと。
なかなか、刺激的な毎日。




